「夫のいびきが大きくて、夜中に息が止まっているように見えるんです」
歯科の診療室でも、こうした相談を受けることがあります。

こんにちは。
文京区で歯科診療を続けてきました、坂本祥子です。
歯科医院は虫歯や歯周病を診る場所と思われがちですが、お口の中を見ていると、眠りや呼吸につながる手がかりに出会うことがあります。

睡眠時無呼吸症候群は、まず医科で診断を受ける病気です。
歯科だけで「あなたは睡眠時無呼吸症候群です」と診断するものではありません。
ただ、治療の選択肢の中に、歯科で作る口腔内装置、いわゆるマウスピースがあります。

「シーパップは聞いたことがあるけれど、マウスピースでも治療できるの?」
「歯医者で相談していい話なの?」
そんな疑問をお持ちの方に向けて、歯科の立場から、できるだけ生活の場面に引き寄せてお話しします。

睡眠時無呼吸症候群は「いびきが大きい人の話」だけではありません

呼吸が止まると、眠っていても体は休まりません

睡眠時無呼吸症候群は、眠っている間に呼吸が何度も止まったり、浅くなったりする状態です。
とくに多いのが、のどの奥の空気の通り道が狭くなる閉塞性睡眠時無呼吸です。

寝ている本人は、息が止まっていることに気づきにくいものです。
朝起きても疲れが残る、昼間に強い眠気が出る、会議中や運転中にうとうとしてしまう。
そんな形で表に出ることがあります。

米国国立心肺血液研究所の説明でも、睡眠時無呼吸症候群は睡眠中に呼吸が止まったり再開したりする状態で、体に十分な酸素が届きにくくなるとされています。
いびきだけの問題では済まないことがあるのです。

家族に指摘されて初めて気づく方も多いです

診療室で多いのは、ご本人よりもご家族のほうが心配しているケースです。
「寝ているときに急に静かになる」
「しばらくして、ガッと息を吸う」
「朝から機嫌が悪いし、日中も眠そう」
こうした話を、付き添いの方がぽつりと口にされます。

ご本人は「疲れているだけです」とおっしゃることもあります。
たしかに、疲労や飲酒、鼻づまりでいびきが強くなる日はあります。
ただ、呼吸が止まるように見える、昼間の眠気が強い、血圧が高いと言われている。
そのあたりが重なるなら、一度は睡眠外来、呼吸器内科、耳鼻咽喉科などで相談してほしいところです。

放置すると、日中の生活にも影響します

睡眠時無呼吸症候群でこわいのは、夜だけの問題に見えながら、昼間の生活に響いてくることです。
集中しにくい、記憶があいまいになる、判断が鈍る。
年齢のせい、忙しさのせいと思っていたことの後ろに、眠りの質が隠れている場合もあります。

米国国立心肺血液研究所は、未治療の睡眠時無呼吸症候群が集中力や判断、記憶に影響し、脳卒中や心筋梗塞などのリスクにも関わると説明しています。
もちろん、すべてのいびきが大きな病気に直結するわけではありません。
それでも「たかがいびき」と片づけないほうがいい場面はあります。

歯科が関わるのは、気道とあごの位置が近い関係にあるからです

下あごと舌の位置が、空気の通り道に影響します

眠っている間は、筋肉の緊張がゆるみます。
仰向けで眠ると、舌が奥に下がりやすくなり、のどの空気の通り道が狭くなることがあります。

そこで出てくるのが、下あごを少し前に出して支える口腔内装置です。
下あごが前に保たれると、舌の根元も前方に引かれやすくなり、気道がふさがりにくくなる。
とても大まかに言えば、そういう仕組みです。

歯科で作る装置は、寝ている間にこの位置を保つためのものです。
矯正治療のように歯並びを大きく動かす目的ではありません。
けれども、歯に装着して使う以上、歯並び、噛み合わせ、歯周病、顎関節の状態を無視できません。

歯科では「装置が入るか」だけを見ているわけではありません

マウスピース治療という言葉だけ聞くと、型を取って装置を作れば終わり、と思われるかもしれません。
実際はもう少し細かく見ます。

たとえば、歯がぐらついていないか。
歯周病が進んでいないか。
かぶせ物やブリッジに強い負担がかからないか。
あごの関節に痛みや開けにくさがないか。

この確認を飛ばしてしまうと、装置はできても、毎晩使い続けるのがつらくなります。
歯科の仕事は、口の中に合うものを作ることだけではありません。
続けられる状態に整えていくことまで含まれます。

診断は医科、装置の作製と管理は歯科です

ここは少しはっきり分けておきます。
睡眠時無呼吸症候群の診断は、医科で行います。
問診、検査、睡眠中の呼吸状態の確認が必要です。

歯科は、医科で診断された方に対して、口腔内装置が適しているかを見ます。
日本では、医師からの診療情報提供を受けて、歯科で口腔内装置を作る流れが一般的です。
保険診療になるかどうかは、診断内容や紹介の有無、医療機関の扱いによって変わりますので、受診先で確認してください。

この連携があると、患者さんも迷いにくくなります。
医科で病気の重さを見てもらい、歯科で装置の現実的な使いやすさを見ていく。
両方が必要です。

マウスピース治療とはどんな治療でしょうか

代表的なのは、下あごを前に保つ装置です

睡眠時無呼吸症候群で使われる口腔内装置にはいくつか種類がありますが、一般的に多いのは下あごを前方に保持するタイプです。
上の歯と下の歯に装置をはめ、下あごが後ろに落ち込みにくい位置で眠れるようにします。

最初から大きく前に出せばよい、というものではありません。
前に出しすぎると、あごが痛くなったり、歯に負担がかかったりします。
反対に控えめすぎると、呼吸への効果が足りないこともあります。

この加減が、実はとても歯科らしいところです。
和菓子作りでいうと、火加減に少し似ています。
強ければよいわけではなく、その方の口に合わせて、少しずつ整えます。

市販のマウスピースとは別物です

ドラッグストアや通販で、いびき対策用のマウスピースを見かけることがあります。
手軽に見えるので、まず試したくなる気持ちは分かります。

ただ、睡眠時無呼吸症候群の治療として考えるなら、市販品で済ませるのはおすすめしません。
歯に合わない装置は、痛み、外れやすさ、歯ぐきへの傷、噛み合わせの違和感につながります。
なにより、無呼吸がどの程度改善したのか確認しにくい。

米国睡眠医学会と米国歯科睡眠医学会の診療ガイドラインでは、成人の閉塞性睡眠時無呼吸に口腔内装置を処方する場合、歯科医師が関わる調整可能なオーダーメイド装置を使うことが示されています。
これは、患者さんごとの歯やあごに合わせ、使いながら調整する必要があるからです。

シーパップとの違いを知っておくと選びやすくなります

睡眠時無呼吸症候群の治療でよく知られているのが、持続陽圧呼吸療法、いわゆるシーパップです。
鼻や口に装着したマスクから空気を送り、気道を開きやすくする治療です。

一方、口腔内装置は電源を使わず、口の中に入れて下あごや舌の位置を整えます。
持ち運びしやすく、旅行や出張が多い方には扱いやすい面があります。
ただし、重症の方ではシーパップが優先されることが多く、口腔内装置だけで十分とは限りません。

ざっくり比べると、次のようになります。

治療主な仕組み向きやすい場面気をつけたいこと
持続陽圧呼吸療法空気の圧で気道を開く中等症から重症、無呼吸が強い場合マスクの違和感、鼻や口の乾燥、継続の難しさ
口腔内装置下あごを前に保ち、気道を広げやすくする軽症から中等症、シーパップが難しい場合歯やあごの痛み、噛み合わせの変化、効果確認の必要

どちらが上、どちらが下という話ではありません。
病気の重さ、生活、口の中の状態、続けやすさを見て選びます。

マウスピース治療が向いている人、慎重に考えたい人

軽症から中等症の方、シーパップが難しい方で検討されます

口腔内装置は、軽症から中等症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群で検討されることが多い治療です。
また、シーパップを試したけれど、マスクが苦しい、鼻が乾く、どうしても眠れないという方の選択肢になることもあります。

米国睡眠医学会と米国歯科睡眠医学会のガイドラインでも、シーパップに耐えられない成人や、別の治療を希望する成人の閉塞性睡眠時無呼吸に対して、口腔内装置を検討することが示されています。
現場でも、このあたりはとても実感に近いです。
治療は、理屈の上で良くても、毎晩続けられなければ力を発揮しません。

ただ、眠気が強い方、血圧や心臓の病気を指摘されている方、検査で重症と言われた方は、自己判断でシーパップをやめないでください。
治療方針は、必ず医師と相談して決めます。

歯周病や顎関節に不安がある場合は、先に整えることもあります

口腔内装置は歯に力がかかります。
そのため、歯周病が進んで歯が揺れている場合や、あごの関節に痛みがある場合は、慎重に進めます。

入れ歯を使っている方、歯の本数が少ない方、ブリッジやインプラントが多い方も、できるかどうかを個別に見ます。
「歯が少ないから絶対に無理」とは限りませんが、装置を安定させる条件は人によって違います。

歯科で確認したいのは、だいたい次のような点です。

  • 歯周病で歯が大きく動いていないか
  • 装置を支える歯が十分にあるか
  • 顎関節に痛みや音、開けにくさがないか
  • 虫歯や合わないかぶせ物が放置されていないか
  • 装置を入れたときに吐き気が強く出ないか

先に虫歯や歯周病を治療してから、口腔内装置に進むこともあります。
遠回りに見えるかもしれません。
でも、毎晩使うものだからこそ、土台を整えておくほうが結果的に続けやすくなります。

重症の場合は「代わりになるか」ではなく「併せて考える」こともあります

重症の睡眠時無呼吸症候群では、持続陽圧呼吸療法が中心になることが多いです。
口腔内装置だけで十分な効果が出るかは、慎重に判断する必要があります。

ただし、現実には「シーパップを外してしまう」「出張中だけ使えない」「どうしても続かない」という悩みもあります。
そのようなとき、医師と相談しながら、口腔内装置を別の選択肢として考えることはあります。

大事なのは、治療を軽く見ないことです。
いびきが減ったから治った、と決めつけない。
家族に静かになったと言われたから十分、とも限りません。
治療効果は、必要に応じて睡眠検査で確かめます。

治療の流れを知っておくと、不安が少し減ります

まず医科で検査を受けます

最初の入口は、医科です。
睡眠外来、呼吸器内科、耳鼻咽喉科などで相談し、問診や検査を受けます。
自宅で行う簡易検査や、医療機関に泊まって行う詳しい検査があります。

検査では、睡眠中の呼吸の止まり方、酸素の下がり方、いびき、脈拍などを見ます。
その結果をもとに、重症度や治療方針が決まります。

歯科に直接いらした場合でも、無呼吸が疑われるときは医科受診をおすすめします。
歯科で口の中を見ることはできますが、睡眠中の呼吸状態までは診断できません。

歯科では口の中とあごの状態を確認します

医師から口腔内装置の適応があると判断されたら、歯科で診察します。
歯型を取る前に、歯周病、虫歯、かぶせ物、噛み合わせ、顎関節の状態を見ます。

この段階で、すぐ装置を作れる方もいれば、先に歯科治療が必要な方もいます。
たとえば、奥歯に大きな虫歯がある場合、装置を作ったあとに歯の形が変わると、マウスピースが合わなくなります。
歯周病で歯が動いている場合も、装置の力が負担になることがあります。

使い方の説明も大切です。
装置の入れ方、外し方、洗い方、保管方法、朝起きたときのあごの戻し方。
細かいようですが、こういうところで続けやすさが変わります。

作って終わりではなく、調整と確認が続きます

口腔内装置は、完成した日がゴールではありません。
むしろ、そこからが始まりです。

最初の数日は、歯の締めつけ感やあごのだるさが出ることがあります。
唾液が増える方もいれば、口が乾く方もいます。
朝、噛み合わせが少し浮いたように感じる方もいます。

多くは調整や慣れで落ち着きますが、我慢しすぎないでください。
歯が痛い、あごが開けにくい、装置が強く当たる、朝の噛み合わせが戻りにくい。
こうしたときは、早めに歯科へ連絡してかまいません。

米国睡眠医学会と米国歯科睡眠医学会のガイドラインでも、口腔内装置を使う成人では、歯科的な副作用や噛み合わせの変化を確認するため、歯科での経過観察がすすめられています。
また、装置の効果を確認するため、医科での睡眠検査も大切とされています。

歯科の診療室で、私がよくお伝えしていること

「いびきが減った」は良いサインですが、それだけで判断しません

ご家族から「静かになりました」と言われると、患者さんはとても安心されます。
それはもちろん、うれしい変化です。
同じ寝室で過ごす方にとっても、夜が少し楽になります。

ただ、いびきの音と無呼吸の改善は、完全に同じではありません。
音は小さくなっても、呼吸の浅さが残っていることがあります。
特に中等症以上の方では、感覚だけに頼らず、医師の判断を受けてください。

歯科では、装置の当たり方や噛み合わせの変化を見ます。
医科では、眠りの中の呼吸を見ます。
この役割分担を続けることが、治療を長持ちさせます。

歯やあごに違和感が出たら、遠慮せず相談してください

口腔内装置は、毎晩、何時間も歯に触れています。
合わない靴で長く歩くと足が痛くなるように、合わない装置を使い続けると歯やあごに負担が出ます。

特に、朝の噛み合わせが戻りにくい感覚は見逃したくありません。
一時的な違和感で済むこともありますが、長く続く場合は調整が必要です。

「先生に悪いから、少し我慢します」とおっしゃる方がいます。
そのお気持ちはありがたいのですが、歯科医としては早く教えていただくほうが助かります。
小さな違和感のうちなら、調整も小さく済むことが多いからです。

生活習慣の見直しも、治療の土台になります

マウスピースを作れば、あとは何もしなくてよい。
そう考えてしまうと、少しもったいないです。

体重の変化、飲酒、寝る姿勢、鼻づまり、睡眠時間の不足は、いびきや無呼吸に関わります。
米国国立心肺血液研究所も、睡眠時無呼吸症候群の治療では、体重管理、運動、睡眠習慣、飲酒や喫煙への対応、横向き寝などが役立つ場合があると説明しています。

もちろん、生活習慣だけで治ると言いたいわけではありません。
ただ、装置や機械だけに全部を任せるより、体の条件を少しずつ整えたほうが治療は続けやすくなります。
歯も同じです。
一度治して終わりではなく、日々の小さな積み重ねに支えられています。

受診前に整理しておくとよいこと

家族の観察は、診断の入口になります

受診するときは、ご本人の感覚だけでなく、ご家族が見ている様子も役に立ちます。
一緒に受診できなくても、メモにして持っていくと話が早くなります。

たとえば、次のようなことです。

  • いびきが毎晩あるのか、疲れた日だけなのか
  • 呼吸が止まって見える時間や頻度
  • 夜中にむせる、息苦しくて起きることがあるか
  • 朝の頭痛や口の渇きがあるか
  • 日中の眠気、居眠り、集中しにくさがあるか
  • 高血圧や心臓の病気を指摘されているか

スマートフォンで録音したいびきが参考になることもあります。
ただし、録音だけで診断はできません。
医師に相談するきっかけとして使う、くらいに考えるとよいです。

歯科では、現在の歯の状態も伝えてください

歯科で口腔内装置を相談するときは、これまでの歯科治療も伝えてください。
矯正治療の経験、顎関節症の症状、歯周病の治療歴、インプラントやブリッジ、入れ歯の有無。
装置の設計に関わります。

とくに、朝だけ噛み合わせがずれる感じがある方、歯ぎしりや食いしばりを指摘されたことがある方は、早めにお話しください。
睡眠中の口の中は、ご本人が思うより力がかかっています。

診療室では、患者さんが「こんなことまで言っていいのかな」と遠慮されることがあります。
眠りの話、家族に言われた話、装置への不安。
どれも治療に関係します。
小さなことでも大丈夫です。

まとめ

睡眠時無呼吸症候群は、いびきだけで判断できるものではありません。
医科で検査を受け、必要に応じて治療方針を立てる病気です。

その中で歯科が関わるのが、口腔内装置による治療です。
下あごを少し前に保つことで、眠っている間の空気の通り道を広げやすくする。
仕組みはシンプルに聞こえますが、歯やあごに毎晩関わるため、丁寧な診査と調整が欠かせません。

マウスピース治療は、軽症から中等症の方、シーパップがどうしても続かない方にとって、現実的な選択肢になることがあります。
ただし、重症の方や持病のある方は、自己判断で治療を替えないでください。
医師と歯科医師が情報を共有しながら進めるほうが安心です。

歯科の椅子に座っていると、お口の中だけでなく、暮らしの様子が少し見えてきます。
朝起きても疲れが抜けない。
家族にいびきを心配される。
マスクの治療がどうしても苦手。
そういう悩みがあるなら、まずは医科で相談し、そのうえで歯科の選択肢も思い出してください。

眠りは、毎日の体を整える時間です。
歯科ができることは限られていますが、その限られた部分を丁寧に整えるだけで、夜の過ごし方が変わる方もいます。
私は、そこに歯科が関わる意味があると思っています。