こんにちは。文京区で「坂本歯科クリニック」を営んでおります、歯科医師の坂本祥子です。

「最近、歯が長くなった気がする」「前は隠れていた歯の根元が見えてきた」——そんな変化に気づいて、不安に思っていらっしゃる方は少なくありません。

この現象は、医学的に「歯肉退縮(しにくたいしゅく)」と呼ばれる、歯茎が少しずつ後退していく状態です。加齢のせいだから仕方ない、と諦めている方も多いのですが、実は原因はそれだけではありません。歯周病や日々のブラッシングの癖、生活習慣など、さまざまな要因が絡み合っています。

そして厄介なのは、一度下がった歯茎は自然には元に戻らないという点です。放置すると「しみる」「歯が折れやすくなる」「最終的に歯を失う」という深刻な状況につながることもあります。

この記事では、歯茎が下がる原因とそのリスク、そして歯科医院でできる治療法や自宅でのケア方法について、できるだけ丁寧にお伝えしていきます。「私の歯茎、大丈夫かな?」と気になっている方に、ぜひ最後まで読んでいただければと思います。

歯茎下がり(歯肉退縮)とはどんな状態?

健康な歯茎は、歯の根元をしっかりと覆い、ピンク色で引き締まっています。ところが、歯肉退縮が起こると、本来なら歯茎の下に隠れているはずの「歯根(しこん)」が徐々に露出してきます。外から見ると、歯が以前より長く見えたり、歯と歯の間に隙間が目立ったりするようになります。

歯の根の部分は「象牙質(ぞうげしつ)」と呼ばれる組織で覆われており、エナメル質で保護されている歯冠部(普段見えている歯の部分)に比べて、虫歯や知覚過敏にはるかになりやすいという特徴があります。

歯肉退縮は20〜30代の若い方にも起こりますが、年齢を重ねるにつれて進行しやすくなります。厚生労働省の歯科疾患実態調査でも、45歳以上では歯周ポケット(歯と歯茎の間の溝が深くなった状態)を持つ方が過半数を超えることが示されており、歯茎のトラブルは中高年の方にとって特に身近な問題といえます。

「歯肉退縮=即治療」というわけではありませんが、進行すれば深刻なトラブルにつながります。早めに原因を把握し、適切な対処をとることが大切です。

歯茎が下がる主な原因6つ

歯肉退縮の原因はひとつではありません。いくつかの要因が重なって起こることが多く、まずは自分に当てはまる原因がないか確認してみましょう。

歯周病

歯肉退縮の最大の原因のひとつが「歯周病」です。歯と歯茎の境目にプラーク(歯垢)が蓄積すると、そこに潜む細菌が歯茎に炎症を引き起こします。炎症は放置するほど深部へと進行し、やがて歯を支えている骨(歯槽骨)まで溶かしてしまいます。骨が失われると、その上を覆っていた歯茎も一緒に下がっていくのです。

歯周病は初期段階では痛みがなく、自覚症状が現れにくいのが特徴です。気がつかないまま進行し、「歯茎が下がってきた」と感じる頃にはすでに中等度以上まで進んでいる、というケースも珍しくありません。

過剰・誤ったブラッシング

「しっかり磨こう」という気持ちが裏目に出るのが、強いブラッシングによる歯茎のすり減りです。毛の硬い歯ブラシを使って力任せにゴシゴシと横に磨くと、歯茎が少しずつ削られていきます。これは「歯磨き圧による歯肉退縮」とも呼ばれ、意外に多くの患者さんに見られる原因です。

「しっかり磨いているのに歯茎が下がった」という方は、磨き方の習慣を見直してみることをおすすめします。

歯ぎしり・食いしばり

睡眠中の歯ぎしりや、日中の食いしばり(ブラキシズム)も、歯肉退縮の一因になります。強い咬合力が歯や歯茎に慢性的に加わることで、歯槽骨が少しずつ吸収され、歯茎も下がっていきます。本人が気づいていないことが多く、朝起きたときに顎の疲れや歯の痛みを感じる方は一度歯科医院で確認してもらうとよいでしょう。

加齢による生理的変化

加齢とともに筋肉や骨が衰えるのと同様に、歯茎の組織も少しずつ退縮していきます。これは「生理的歯肉退縮」と呼ばれ、10年間に約2mm程度進むとも言われています。加齢による退縮そのものは避けられませんが、正しいケアを続けることで進行を遅らせることは十分可能です。

喫煙

タバコに含まれる一酸化炭素やニコチンは、歯茎の血流を悪化させ、歯肉組織の栄養・酸素不足を招きます。また、喫煙は歯周病のリスクを高めることでも知られており、歯肉退縮の進行を加速させます。禁煙が難しい方も、少しずつ本数を減らすことが口腔環境の改善につながります。

噛み合わせの問題・矯正治療

噛み合わせが偏っている場合や、一部の歯に強い力がかかり続ける場合も、その歯の周囲の骨と歯茎が失われやすくなります。また、成人矯正を行っている方では、歯を移動させる過程で歯肉退縮が生じることがあります。矯正中に違和感を覚えたら、早めに担当医に相談してください。歯ぎしり・食いしばりが噛み合わせの問題と連動しているケースも多く、マウスピース(ナイトガード)の使用によって夜間の過剰な咬合力を和らげることが有効な場合もあります。

以下の表に、主な原因とリスクが高い方の特徴をまとめます。

原因リスクが高い方の特徴
歯周病長期間歯石除去をしていない、歯磨きが不十分
強いブラッシング硬い歯ブラシを愛用している、ゴシゴシ磨きの習慣がある
歯ぎしり・食いしばり朝に顎が疲れる、歯が削れている
加齢40代以降の方全般
喫煙喫煙歴が長い方
噛み合わせの問題特定の歯だけ先に当たる感覚がある

放置するとどうなる?歯茎下がりのリスク

「見た目の問題だけ」と思って放置するのは禁物です。歯肉退縮は、日常生活や歯の健康に大きな影響を与えます。

知覚過敏(しみる)

歯根が露出すると、冷たいものや甘いもの、風などの刺激が象牙質から神経に直接伝わりやすくなります。これが「知覚過敏」です。「冷たいものを飲むと歯がしみる」という症状は、歯肉退縮のサインである可能性があります。

根面う蝕(歯根の虫歯)

露出した歯根の表面には、エナメル質がありません。エナメル質のない部分はとても虫歯になりやすく、「根面う蝕(こんめんうしょく)」と呼ばれる特殊な虫歯が発生することがあります。根面う蝕は進行が速く、放置すると抜歯が必要になることもある、侮れない病態です。

歯の喪失

歯茎が下がるということは、歯を支える骨も減少しているサインです。骨の減少が進むと歯がグラグラしてきて、最終的には歯が抜け落ちてしまう可能性があります。歯の喪失は食事や発音にも影響し、全身の健康にも直結します。

このように、歯肉退縮を放置するリスクを並べると次のようになります。

  • 知覚過敏による日常的な痛み・不快感
  • 根面う蝕(歯根の虫歯)のリスク上昇
  • 見た目の老化(歯が長く見える、歯間に隙間ができる)
  • 歯のぐらつき・最終的な歯の喪失

「少し気になる」程度であっても、早めに歯科医院を受診することをおすすめします。

歯科医院で受けられる治療法

下がった歯茎が自然に元に戻ることはありません。ただ、進行を食い止めたり、機能や審美性を改善することは可能です。歯科医院では、退縮の程度や原因に応じてさまざまな治療が行われます。

歯周基本治療(スケーリング・SRP)

歯周病が原因で歯茎が下がっている場合は、まず歯周病そのものを治療する必要があります。歯と歯茎の境目に付着した歯石を取り除く「スケーリング」、歯周ポケットの内部まで清掃する「SRP(スケーリング・ルートプレーニング)」を組み合わせて行います。炎症が収まり、口腔内の細菌数が減少することで、退縮の進行が止まるケースもあります。

軽度の場合は数回の通院で改善が見込めることもありますが、中等度〜重度になると数ヶ月にわたる計画的な治療が必要になることもあります。

根面被覆術・歯肉移植術

歯茎の退縮が一定以上進んでいる場合、外科的手術で歯茎を回復させることも選択肢になります。代表的なのが「根面被覆術(こんめんひふくじゅつ)」や「結合組織移植術(CTG)」です。

自分の口蓋(上顎の裏側)から健康な歯茎の組織を採取し、退縮した部分に移植することで、露出した歯根を覆い直します。成功すれば10年以上維持できるとされており、審美性と機能性の両方を改善できる治療法です。ただし、保険適用外になる場合が多く、費用については事前に担当医に確認することをおすすめします。

骨再生療法

歯槽骨の吸収が著しい場合は、骨そのものを再生させる治療(歯周組織再生療法)が選択されることもあります。エムドゲイン法やGTR法などが代表的で、失われた骨と歯周組織の再生を促します。骨が再生されることで、その上の歯茎も回復しやすくなります。ただし、骨吸収の程度によっては適応できないこともあり、事前の精密検査が必要です。

なお、「ヒアルロン酸注入」で歯茎を回復させる方法が一部で紹介されていますが、現時点では科学的根拠が十分に確立されておらず、効果も一時的です。多くの専門医が積極的に推奨していないのが現状ですので、この方法を検討する際は担当医とよく相談することをおすすめします。

自宅でできるセルフケア

歯科医院での治療と並行して、毎日のセルフケアを見直すことが不可欠です。どんなに丁寧な治療をしても、自宅でのケアが不十分だと再発や進行を招いてしまいます。

正しいブラッシングを身につける

歯肉退縮の予防・改善において、正しいブラッシングは最も重要なセルフケアです。まず意識したいのは、歯ブラシの選び方と使い方です。

日本歯周病学会監修の情報サイト「ペリオブック ブラッシング方法の解説」でも詳しく解説されていますが、歯周病がある方や歯茎が敏感な方は「やわらかめ」の歯ブラシを選ぶことが基本です。適切なブラッシング圧は100〜200g程度とされており、ペングリップ(鉛筆持ち)で持つと力が入りすぎず、繊細なコントロールができます。

歯周ポケットのケアに有効とされるのが「バス法」と呼ばれるブラッシング方法です。歯と歯茎の境目に歯ブラシを45度の角度で当て、小刻みに振動させながら一箇所ずつ丁寧に磨いていきます。力を入れてゴシゴシと横に磨く「横磨き(スクラビング法)」は、歯肉退縮を引き起こしやすいため、できるだけ避けましょう。

補助清掃用具を取り入れる

歯ブラシだけでは歯間の汚れを十分に落とすことはできません。歯と歯の間には、デンタルフロスや歯間ブラシを活用しましょう。歯肉退縮によって歯間に隙間がある場合は歯間ブラシが、隙間が狭い場合はデンタルフロスが有効です。

毎食後は難しくても、1日1回、特に就寝前のケアに取り入れることが理想的です。就寝中は唾液の分泌量が減り、細菌が活性化しやすいため、夜の口腔ケアは特に丁寧に行いましょう。

定期的な歯科受診を続ける

日本歯周病学会の歯周病Q&Aでも紹介されているように、定期的な歯科受診とプロによるクリーニング(PMTC)は、歯肉退縮の予防・進行抑制に大きな効果をもたらします。通常は3〜6ヶ月に一度の受診が推奨されていますが、リスクの高い方はより短いスパンでの受診が望ましい場合もあります。

「症状がないから大丈夫」ではなく、「症状が出る前に定期的に診てもらう」という予防の習慣を持つことが、長く自分の歯を守る最大の秘訣です。

日常的に心がけたいセルフケアをまとめると、以下のようになります。

  • やわらかめの歯ブラシを使い、100〜200g程度の適切な圧力で磨く
  • バス法(45度の角度で小刻みに振動)を意識した丁寧なブラッシングを行う
  • デンタルフロスや歯間ブラシで歯と歯の間を毎日ケアする
  • 就寝前は特に丁寧に口腔ケアを行う
  • 3〜6ヶ月に一度は歯科医院を受診し、プロのクリーニングを受ける

まとめ

「歯が長くなった気がする」という変化は、歯肉退縮(歯茎下がり)のサインである可能性があります。主な原因は歯周病、過剰なブラッシング、歯ぎしり・食いしばり、加齢、喫煙、噛み合わせの問題などで、これらが複合的に関わっているケースも多く見られます。

放置すると知覚過敏や根面う蝕、さらには歯の喪失につながることもあるため、「少し気になる」と感じた段階で早めに歯科医院を受診することが大切です。

歯科医院では、歯周基本治療から外科的な歯肉移植術・骨再生療法まで、状態に応じた治療を受けることができます。そして治療と並行して、正しいブラッシング習慣と定期受診を継続することが、再発を防ぎ、歯を長持ちさせることに直結します。

歯茎の健康は、毎日の小さな積み重ねから守られています。「もう手遅れかも」と諦めないで、ぜひ一度、かかりつけの歯科医師に相談してみてください。あなたの歯を守るための第一歩を、一緒に踏み出しましょう。