「最近、肩こりがひどくて…」と来院される患者さんに、「噛み合わせが関係しているかもしれません」とお伝えすると、多くの方が驚かれます。歯と肩は、一見まったく無関係に思えますよね。でも、20年以上にわたって患者さんと向き合ってきたなかで、噛み合わせの問題が肩こりや頭痛、さらには全身の不調へとつながっているケースを、私はこれまで数多く見てきました。
私は文京区で「坂本歯科クリニック」を営んでいる坂本祥子と申します。実は私自身も、若い頃に重度の歯列不正で長年苦しんだ経験があります。当時、原因不明の肩こりや頭痛に悩まされていたのですが、矯正治療を終えたあとにそれらがずいぶんと楽になりました。その体験が、噛み合わせと全身の不調の関係に深く向き合うきっかけになりました。
この記事では、噛み合わせと肩こり・体の不調がどのようにつながっているのか、そのメカニズムをできるかぎりわかりやすくご説明します。また、自分でできるセルフチェックの方法や、歯科での治療の流れについても紹介しますので、ぜひ最後までお読みください。
目次
噛み合わせとはどういう状態?正しい咬合を知る
まず「噛み合わせ(咬合)」とは何かを整理しておきましょう。噛み合わせとは、上下の歯が接触する状態のことを指します。理想的な噛み合わせとは、上下左右の歯がバランスよく接触し、顎の関節や筋肉、歯そのものに余分な負荷がかからない状態です。
噛み合わせが「悪い」とされる状態には、主に以下のようなものがあります。
- 上の前歯が下の前歯に深くかぶさりすぎる「過蓋咬合」
- 奥歯を噛んだときに前歯が噛み合わない「開咬」
- 上顎が前に出すぎている「上顎前突(出っ歯)」
- 下顎が前に出ている「下顎前突(受け口)」
- 歯並びがでこぼこしている「叢生(八重歯など)」
- 片側だけで噛む癖による左右不均衡
こうした状態が続くと、顎関節や周囲の筋肉に慢性的な負荷がかかり、さまざまな不調のきっかけになります。
噛み合わせが悪いと肩こりになるメカニズム
「歯と肩がどうつながっているの?」と思われる方も多いでしょう。これには、いくつかのルートがあります。順を追って説明します。
咀嚼筋の緊張が首・肩へ波及する
私たちが食事をするとき、顎を動かしているのは「咀嚼筋(そしゃくきん)」と呼ばれる筋肉群です。側頭筋(こめかみ周辺)、咬筋(頬のあたり)、翼突筋(顎の内側)などがその代表です。
噛み合わせが悪いと、これらの筋肉が不均等に、かつ過剰に使われることになります。筋肉は疲労すると収縮し、血流が滞って「こり」が生じます。そしてこの緊張は、解剖学的につながっている首の筋肉(頸部筋)、さらには肩の筋肉(僧帽筋など)へと波及していくのです。
顎と頭蓋骨をつなぐ部分には頸椎があり、そこから背骨へと連なっています。顎のバランスが崩れると、その影響は筋肉のラインを伝わって首・肩・背中へと広がります。これが、噛み合わせが悪い人に肩こりが多い理由のひとつです。
姿勢の歪みという「連鎖反応」
噛み合わせのズレは、頭の位置にも影響します。私たちの頭は体重の約10〜13%という重さがあります。この重い頭を支えるために、首や肩の筋肉は常に働いています。ところが、顎の位置がずれることで頭のバランスが崩れると、それを補おうと頸椎の角度が変わり、肩や背骨の姿勢にも影響が出てきます。
片側の歯だけで噛む癖がある方に顔の歪みが見られることがありますが、これはその象徴的な例です。顎のズレが頸椎のズレを招き、さらに骨盤の歪みへとつながっていくことさえあります。「歯並びが悪いと姿勢が悪くなる」という指摘は、多くの歯科医が現場で経験しているところです。
ストレスと自律神経の乱れ
もうひとつのルートが、ストレスを介したものです。噛み合わせが悪いと、食事や会話のたびに不快感や違和感が生じます。これが慢性的なストレスとなり、自律神経のバランスを乱します。
自律神経が乱れると、交感神経が過剰に働いて全身の筋肉が緊張した状態が続きます。この筋肉の過緊張が肩こりを引き起こしたり、悪化させたりする原因になります。また、ストレスがあると無意識のうちに歯を食いしばる癖(TCH:上下歯列接触癖)が生じやすくなり、それがさらに顎への負担を増やすという悪循環に陥りがちです。
噛み合わせの悪さが引き起こす全身の不調
肩こりだけでなく、噛み合わせの乱れは体の多くの部位に影響する可能性があります。公益社団法人 日本口腔外科学会は、顎関節症(噛み合わせの問題が関連する代表的な疾患)の副症状として、以下のようなものを挙げています。
| 症状のカテゴリ | 具体的な症状 |
|---|---|
| 頭部・顔面 | 頭痛(特にこめかみや後頭部)、目の疲れ、耳鳴り、めまい、耳がつまった感じ |
| 首・肩・背中 | 首のこり、肩こり、背中の痛み |
| 全身・その他 | 腰痛、手足のしびれ、倦怠感、睡眠障害、自律神経の乱れ |
| 口腔・消化 | 歯の痛み・しみ、滑舌の悪化、消化不良 |
ただし、重要な点をひとつお伝えしなければなりません。これらの症状が「すべて噛み合わせだけが原因」というわけではありません。東京科学大学(旧東京医科歯科大学)顎顔面外科学分野の顎関節症外来のページでも、「噛み合わせを治せば肩こりや腰痛が必ず治るわけではない」と慎重な見解が示されています。
噛み合わせは、肩こりや全身不調の「原因のひとつになりうる」という理解が正確です。ほかの要因(姿勢、ストレス、運動不足など)と複合的に絡み合っていることがほとんどです。とはいえ、長年の肩こりや頭痛が噛み合わせの治療をきっかけに改善するケースも確かにあります。「もしかしたら…」と思ったら、一度歯科で相談してみることをお勧めします。
あなたは大丈夫?噛み合わせのセルフチェック
噛み合わせの問題は、自分では気づきにくいことが多いです。以下のチェックリストを参考に、当てはまる項目がないか確認してみてください。
口腔内・顎のサイン
- 朝起きると顎が疲れている、または痛い
- 口を開けるとカクカク・ゴリゴリと音がする
- 口が大きく開かない(目安:指2本が縦に入れば正常)
- 舌の側面に歯の跡(波打ったような凹凸)がある
- 歯が以前より短くなったように感じる、またはすり減りを指摘された
- 詰め物がよく外れる、または欠ける
体のサイン
- 原因不明の肩こり・頭痛・首のこりが続いている
- 食事で左右どちらか一方の歯ばかりで噛んでいる
- 頬杖をつく癖がある
- 集中しているとき、無意識に歯を食いしばっている
- 仰向けで寝られず、横向きやうつ伏せが多い
生活習慣のサイン
- 家族から歯ぎしりを指摘されたことがある
- 歯科でかぶせ物や詰め物を入れたあとから不調が出た
- 親知らずを放置している、または抜いたまま放置している
3項目以上当てはまる方は、噛み合わせに問題がある可能性があります。早めに歯科でご相談されることをお勧めします。
噛み合わせが悪くなる主な原因
噛み合わせの乱れは、先天的な要因だけでなく、日々の生活習慣によって後天的に引き起こされることも少なくありません。
- 歯ぎしり・食いしばり(体重の数倍の力が歯や顎にかかることも)
- 頬杖をつく癖
- 横向き・うつ伏せ寝
- 片側だけで噛む癖
- 舌を前歯に押しつける癖(舌癖)
- 爪を噛む、ペンを噛むなどの習慣
- 虫歯・歯周病による歯の喪失の放置
- 合わない詰め物・かぶせ物
なかでも歯ぎしりと食いしばりは注意が必要です。食いしばりの力は体重の2〜5倍にも達することがあるとされており、歯や顎関節への負担は相当なものです。しかも、歯ぎしりや食いしばりをしている方の多くは、自覚がないというのが現実です。「睡眠中のことはわからない」という方も、舌の横に波打った跡があれば食いしばりのサインです。一度鏡でご自身の舌の形を確認してみてください。
歯科での治療方法
噛み合わせの問題が確認された場合、その状態や症状の重さに応じて、以下のような治療が検討されます。
スプリント療法(マウスピース治療)
現在、顎関節症や噛み合わせの問題に対して最も広く行われている治療のひとつです。患者さんの歯型をもとにオーダーメイドで作製した「スプリント(マウスピース)」を装着することで、顎の関節への負担を均等に分散させ、筋肉の緊張をほぐしていきます。
就寝時に装着するタイプが基本ですが、症状によっては日中の使用も組み合わせます。保険適用で作製できる場合もあり、比較的取り組みやすい治療です。スプリントを一定期間使用して顎の位置が安定してきたら、次のステップ(矯正治療や咬合調整)へと移行することもあります。
| 治療法 | 特徴 | 保険適用 |
|---|---|---|
| スプリント療法(マウスピース) | 顎の負担を軽減・筋肉の緊張緩和。まず試みる治療として最適 | 多くのケースで可 |
| 咬合調整 | 歯を少し削ったり、詰め物の高さを微調整して噛み合わせを整える | 内容による |
| 矯正治療 | 歯並びそのものを改善し、根本的な噛み合わせを変える | 基本的に自費 |
| 補綴治療(詰め物・かぶせ物) | 失った歯を補い、噛み合わせのバランスを回復する | 内容による |
咬合調整
歯の表面をわずかに削ったり、詰め物・かぶせ物の高さを調整することで、噛み合わせのバランスを整える方法です。大きな処置ではなく、比較的短期間で対応できます。
矯正治療
歯並びそのものに問題がある場合は、矯正治療が根本的な解決につながります。ワイヤー矯正やマウスピース矯正(インビザラインなど)といった選択肢があります。矯正治療は期間がかかりますが、長期的な視点で見るとお口の健康全体を改善できる選択肢です。
噛み合わせと肩こりの「見分け方」——いつ歯科へ行くべき?
肩こりの原因は多岐にわたります。デスクワークによる姿勢の悪化、運動不足、眼精疲労など、一般的な原因と噛み合わせ由来の肩こりをどう見分ければいいのでしょうか。
私が患者さんにお伝えしているポイントは以下のようなものです。
- 肩こりや頭痛が、整体やマッサージで一時的に改善するが、すぐに再発する
- 特定の側(右または左)ばかりに症状が偏っている
- 朝起きたときにすでに肩や顎が疲れている
- 顎から音がする、または顎の違和感と肩こりが同時期に始まった
- 歯科治療(かぶせ物など)を受けたあとから不調が続いている
こうした特徴が当てはまる方は、噛み合わせが関与している可能性があります。整形外科や接骨院で「異常なし」と言われているにもかかわらず症状が続く場合も、一度歯科の視点からチェックしてもらう価値があります。
また、顎の症状(音・痛み・開口しにくさ)がある方は、放置すると悪化するケースもあります。顎関節症は、多くの場合は適切な対処で改善しますが、症状が1週間以上続く場合や、日常生活に支障が出ている場合は早めに受診することをお勧めします。
日常生活でできるセルフケア
治療と並行して、日常生活でできることもあります。特に噛み合わせへの負担を増やしている習慣を見直すことが大切です。
- 頬杖をやめる(顎や歯列に大きな力がかかります)
- うつ伏せ寝をやめ、仰向けか横向きに(枕の高さも見直しましょう)
- 食事は左右バランスよく噛む意識を持つ
- 集中作業中に「歯を食いしばっていないか」と意識的に確認する
- リラックス時は上下の歯を軽く離す(上下の歯は安静時に接触しないのが正常です)
- 固いものの食べすぎを控え、顎への過負荷を避ける
- ストレスをためない工夫をする(入浴、軽い運動、十分な睡眠など)
これらを日々意識するだけでも、顎への負担は変わってきます。ただし、すでに症状が出ている場合は、セルフケアだけで改善を目指すのは難しいこともあります。気になる症状があれば、まずはかかりつけの歯科医にご相談ください。
まとめ
噛み合わせの乱れは、顎周辺の筋肉の緊張を介して肩こりや頭痛、さらには全身のさまざまな不調につながることがあります。そのメカニズムをまとめると、次のようになります。
- 噛み合わせが悪い → 咀嚼筋に過剰な負荷 → 首・肩の筋肉への波及 → 肩こり
- 顎のズレ → 頭の位置・姿勢の歪み → 首・肩・腰への影響
- 慢性的な不快感 → ストレス → 自律神経の乱れ → 全身の筋緊張
ただし、噛み合わせだけがすべての不調の原因ではありません。複数の要因が絡み合っていることを理解しながら、「もしかしたら歯かも?」という視点も持っておくことが大切です。
セルフチェックに当てはまる項目が複数あった方、慢性的な肩こりや頭痛に悩んでいる方は、ぜひ一度、歯科でご相談されてみてください。噛み合わせの問題は、早期に対応するほど治療の選択肢も多く、体への負担も少なく済みます。
お口の健康は、全身の健康とつながっています。「歯だけの話」と思わず、体全体のバランスの一部として、噛み合わせに目を向けていただければ嬉しいです。