「冷たいものが歯にしみる…」
そんな経験はありませんか?
とくに40代を過ぎた頃から、こうしたお悩みを持つ方は少なくありません。
これは「知覚過敏」と呼ばれる症状で、多くの中高年の方が抱える悩みのひとつです。
「一時的なものだろう」「歯医者に行くほどでもないかな」と、つい放置してしまいがちですが、その判断が後々のお口の健康を大きく左右することもあります。
この記事では、知覚過敏を放置した場合に起こりうるリスクと、ご自宅で今すぐ始められる具体的な対策について、詳しく解説していきます。
はじめまして。
私は都内で歯科クリニックを開業して20年以上になる、歯科医師の坂本祥子と申します。
自身の経験や日々の診療で患者さんとお話しする中で感じる「やさしい歯の知識」を、少しでも多くの方にお届けできればと思っています。
知覚過敏とはどんな状態?
歯がしみる原因の正体とは?
歯が「キーン」としみる、あの不快な感覚。
その正体は、歯の表面を覆う「エナメル質」が何らかの原因で傷つき、その内側にある「象牙質」がむき出しになってしまうことにあります。
本来、歯の神経は硬いエナメル質によって守られています。
しかし、この守りが薄くなることで、外部からの刺激が神経に直接伝わりやすくなってしまうのです。
知覚過敏が起こるメカニズム
象牙質には、歯の神経に向かって伸びる無数の細い管(象牙細管)が通っています。
この管を通じて、冷たいものや熱いもの、歯ブラシの毛先の接触といった刺激が神経に伝わり、「痛み」として感じられます。
これが、知覚過敏が起こる基本的なメカニズムです。
主な原因としては、以下のようなものが挙げられます。
- 強すぎる歯磨き:ゴシゴシ磨く癖で歯の表面や歯茎を傷つけてしまう。
- 歯周病による歯茎下がり:歯茎が痩せることで、本来隠れているはずの歯の根元(象牙質)が露出してしまう。
- 歯ぎしり・食いしばり:無意識のうちに歯に強い力がかかり、表面に細かいヒビが入ったり、すり減ったりする。
- 酸の多い食生活:炭酸飲料や柑橘類などを頻繁に摂ることで、歯が溶けてしまう「酸蝕症(さんしょくしょう)」。
虫歯や歯周病との違いは?
「しみる」という症状は虫歯にも見られるため、ご自身で判断するのは難しいかもしれません。
ひとつの目安として、痛みの特徴に違いがあります。
知覚過敏の痛み | 虫歯の痛み | |
---|---|---|
タイミング | 刺激があった時だけ痛む | 刺激がなくてもズキズキ痛むことがある |
痛みの長さ | 刺激がなくなればすぐに治まる(一過性) | しばらく痛みが続くことがある(持続性) |
見た目 | 歯の根元が見えていることが多い | 黒くなったり、穴が開いたりしている |
これはあくまで一般的な傾向であり、自己判断は禁物です。
正確な診断のためには、必ず歯科医院を受診してください。
見逃しやすい初期サインとは?
「たまに、ちょっとしみるだけ」。
そんな軽い症状こそ、見逃しやすい初期サインです。
他にも、以下のような感覚があれば注意が必要です。
- 歯ブラシの毛先が特定の場所に当たると、ピリッとする。
- 冷たい風が当たると、歯がうずくような感じがする。
- 甘いものを食べたときに、一瞬しみる。
こうした小さなサインに気づき、早めに対処することが、症状の悪化を防ぐ鍵となります。
知覚過敏を放置するとどうなるか
日常生活に与える影響(食事・会話・ストレス)
知覚過敏を放置すると、しみや痛みがだんだんと強くなり、日常生活に様々な影響が出てきます。
「大好きなアイスクリームを、思いっきり食べられなくなった」
「冷たい飲み物を飲むときは、ストローが手放せない」
「痛みが気になって、食事や会話に集中できない」
これらは、私がクリニックで患者さんから実際に伺うお悩みです。
痛みへの不安は、知らず知らずのうちに大きなストレスとなっていきます。
知覚過敏が進行することで起こる悪循環
放置することの最も大きな問題は、「痛みを避ける」という行動が、さらなるトラブルを招くことにあります。
- 痛みが怖い → 歯磨きが不十分に
- 磨き残しが増える → 歯垢(プラーク)が溜まる
- 歯垢が原因で… → 虫歯や歯周病が悪化する
- 歯周病が進行する → さらに歯茎が下がり、知覚過敏がもっとひどくなる
このように、知覚過敏を放置することで、お口全体の健康状態を悪化させる「負のスパイラル」に陥ってしまう危険性があるのです。
二次的なトラブル:歯周病・噛み合わせの悪化
痛みを感じる歯を無意識にかばい、反対側の歯ばかりで噛む癖がついてしまうこともあります。
長期間にわたって片側だけで噛み続けていると、顎の関節に負担がかかったり、顔の筋肉のバランスが崩れたりする原因にもなりかねません。
お口の中だけの問題だと軽く考えていると、全身の健康にも影響を及ぼす可能性があるのです。
受診が遅れることによる治療の複雑化
どんな病気も同じですが、症状が軽いうちに対処すれば、治療は比較的簡単で、時間も費用も少なくて済みます。
しかし、我慢を重ねて症状が悪化してから受診すると、神経を抜くような大掛かりな治療が必要になることもあります。
「あの時、早めに歯医者に行っておけば良かった…」と後悔しないためにも、勇気を出して一歩を踏み出すことが大切です。
今すぐ始められるセルフケア
歯科医院での治療も重要ですが、毎日のセルフケアを見直すことで、症状を和らげ、悪化を防ぐことができます。
今日から始められることをご紹介しますね。
歯磨きの見直し:やさしいケアで歯を守る
ゴシゴシと力を入れて磨くのは、歯と歯茎を傷つける最大の原因です。
やさしく、丁寧なケアを心がけましょう。
- 歯ブラシを交換する:「ふつう」や「やわらかめ」の毛先の歯ブラシを選びましょう。
- 持ち方を変える:グーで握るのではなく、鉛筆を持つように軽く持つと、余計な力が入りにくくなります。
- 動かし方:大きくゴシゴシ動かすのではなく、5mm程度の幅で細かく振動させるように磨きます。
- 当てる角度:歯と歯茎の境目に、45度の角度でやさしく毛先を当てるのがポイントです。
歯磨き粉の選び方:有効成分と注意点
知覚過敏用の歯磨き粉には、症状を和らげるための有効成分が配合されています。
成分表示をチェックしてみてください。
- 硝酸カリウム:歯の神経の周りにバリアを作り、痛みの伝達をブロックしてくれる成分です。
- 乳酸アルミニウム:刺激が伝わる「象牙細管」の入り口を直接ふさいでくれる成分です。
これらの成分が入った歯磨き粉を、毎日のケアに取り入れるのがおすすめです。
一方で、研磨剤(清掃剤)が多く含まれている製品は、歯の表面を傷つける可能性があるため、使いすぎには注意しましょう。
食生活と生活習慣でできること
酸の強い飲食物は、歯の表面を溶かす「酸蝕症」の原因となります。
もし摂取した場合は、すぐには磨かず、まずはお水で口をゆすぎ、30分ほど経ってから歯を磨くようにすると、歯へのダメージを減らすことができます。
また、無意識の歯ぎしりや食いしばりも大きな原因です。
日中、上下の歯が接触しないように意識するだけでも、歯への負担は大きく変わってきますよ。
冷たいもの・熱いものとの付き合い方
痛みが強いときは、無理に冷たいものや熱いものを摂る必要はありません。
少しぬるめにする、ストローを使うなど、しみない工夫をしながら、症状が落ち着くのを待ちましょう。
セルフケアを続けても痛みが改善しない場合は、他の原因が隠れている可能性もありますので、我慢せずに歯科医院に相談してくださいね。
受診の目安と治療選択肢
どのタイミングで歯科を受診すべき?
「このくらいの痛みで歯医者に行ってもいいのかな?」と迷われる方も多いようです。
受診に「早すぎる」ということは決してありません。
- しみる症状が1週間以上続いている
- 痛みのせいで、歯磨きや食事がつらい
- セルフケアを試しても、一向に良くならない
このような場合は、ためらわずに専門家である歯科医師に相談してください。
それが、お口の健康を守るための最も確実な方法です。
知覚過敏の治療法一覧(コーティング、レーザー、薬剤)
歯科医院では、症状の原因や程度に合わせて、様々な治療法を選択します。
患者さんの負担が少ないものから試していくのが一般的です。
- 薬剤の塗布:しみている歯の表面に、象牙細管を封鎖する効果のある薬剤を塗布します。
- コーティング:露出した象牙質を、歯科用の樹脂(プラスチック)などで覆って保護します。
- レーザー治療:特殊なレーザーを当てることで、痛みを和らげる治療法です。
- マウスピースの作製:歯ぎしりや食いしばりが原因の場合、夜間に装着するマウスピースで歯を守ります。
坂本歯科での実際の症例から
以前、私のクリニックに来られた50代の女性の患者さんは、「長年、右下の奥歯がしみて、食事も楽しめない」と悩んでいらっしゃいました。
詳しく拝見すると、歯周病で歯茎が下がり、歯の根元が大きく露出していました。
まずは徹底した歯周病の治療と、正しい歯磨きの方法をご指導しました。
それだけでも症状はかなり改善しましたが、仕上げに露出した部分を薬剤でコーティングしたところ、「嘘みたいに、何でも食べられるようになった」と、満面の笑みでお話ししてくださったのが印象に残っています。
定期メンテナンスの重要性
一度症状が治まっても、原因となった生活習慣や歯周病が改善されなければ、再発する可能性があります。
治療が終わってからが、本当のスタートです。
トラブルを未然に防ぎ、健康な状態を長く維持するために、ぜひ定期的なメンテナンスを受ける習慣をつけてください。
まとめ
知覚過敏は「放置しない」が一番の予防
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
知覚過敏について、大切なポイントをもう一度振り返ってみましょう。
- 知覚過敏は、歯のSOSサイン。放置すると虫歯や歯周病の悪化につながる。
- 痛みを避けるための不十分な歯磨きが、さらなるトラブルを招く悪循環を生む。
- まずは、やさしい歯磨きと知覚過敏用歯磨き粉でセルフケアを始めよう。
- 症状が続く場合は、自己判断せずに必ず歯科医院を受診することが大切。
今日からできることをひとつずつ
まずは歯ブラシの持ち方を変えてみる、歯磨き粉を選び直してみる。
そんな小さな一歩が、あなたの大切な歯を守ることにつながります。
いきなり全てを変えようとせず、今日からできることを、ひとつずつで構いませんので、ぜひ試してみてくださいね。
坂本祥子からのメッセージ:安心して相談できる歯科のかかりつけを持とう
歯の悩みは、なかなか人には相談しにくいものかもしれません。
だからこそ、何でも気軽に話せる「かかりつけの歯科医」を見つけてほしいと、心から願っています。
「こんなことで相談していいのかな?」なんて、どうか思わないでください。
私たちは、あなたの不安に寄り添い、一緒に解決策を探していくプロフェッショナルです。
この記事が、あなたの健やかな毎日のために、少しでもお役に立てたなら幸いです。