夜中、お子さんの寝室から「ギリギリ…」という音が聞こえてきたことはありませんか?

子どもの歯ぎしりを目にしたとき、「歯が削れてしまうのでは?」「何か病気なのでは?」と心配になる保護者の方は少なくありません。

歯科医として20年間診療に携わり、その後医療ライターとして活動してきた立場から、この悩みにお答えします。

子どもの歯ぎしりは、実は思われているほど心配する必要がないケースが多いのです。

しかし、どんな場合に放置してよくて、いつ歯科医院を受診すべきなのか、判断に迷うところですよね。

今回は、歯ぎしりの定義から原因、適切な対処法まで、保護者の方が知っておくべき情報をわかりやすく解説します。

子どもの歯ぎしりとは

歯ぎしりの定義と種類

歯ぎしりは医学的には「ブラキシズム」と呼ばれ、無意識に上下の歯を強くこすり合わせたり、食いしばったりする状態を指します。

主に以下の3つのタイプに分けられます。

  1. グラインディング型:上下の歯を左右に動かしてこすり合わせるタイプで、「ギリギリ」という音が特徴です。
  2. クレンチング型:上下の歯を強く噛みしめるタイプで、音は出ないため気づきにくいのが特徴です。
  3. タッピング型:上下の歯を「カチカチ」とリズミカルにぶつけ合わせるタイプです。

子どもの場合は、グラインディング型が多く見られます。

特に睡眠中に無意識で行われることが多いため、「睡眠時ブラキシズム」と呼ばれることもあります。

子どもの歯ぎしりの特徴(大人との違い)

子どもと大人の歯ぎしりには、いくつかの大きな違いがあります。

まず、原因が異なります。

大人の歯ぎしりは主にストレスや噛み合わせの問題が原因とされていますが、子どもの場合は、成長過程における生理的な現象として起こることが多いのです。

また、発生頻度も異なります。

研究によれば、子どもの歯ぎしりの発生率は約10〜20%と言われており、大人(約5〜8%)より高い傾向にあります。

さらに、子どもの歯ぎしりは年齢とともに自然に解消していくケースが多いのに対し、大人の場合は慢性化しやすい傾向があります。

発生頻度と一般的な経過

子どもの歯ぎしりは、乳歯が生え始める生後6〜8ヶ月頃から見られることがあります。

特に3〜6歳にかけて増加し、6歳頃にピークを迎えるという研究結果もあります。

その後、永久歯への生え変わりが進むにつれて、自然に減少していくケースがほとんどです。

多くの場合、中学生頃(12〜13歳)までには自然に収まりますが、中には永久歯が生え揃った後も続くケースもあります。

子どもの歯ぎしりの主な原因

成長過程によるもの(生理的現象)

子どもの歯ぎしりの最も一般的な原因は、成長過程における生理的な現象です。

乳歯から永久歯への生え変わり時期には、顎の骨格も大きく成長します。

この時期に歯ぎしりをすることで、以下のような役割を果たしていると考えられています。

  • 顎の位置を決める:歯を擦り合わせることで、上下の顎の適切な位置関係を無意識のうちに調整しています。
  • 噛み合わせの調整:新しく生えてきた歯と既存の歯との噛み合わせの違和感を解消するために歯ぎしりをしている可能性があります。
  • 永久歯のスペース確保:顎の成長を促し、これから生えてくる永久歯のためのスペースを作っているとも考えられています。

このように、子どもの歯ぎしりは成長に必要な行為である場合が多く、その意味では「正常な現象」と言えるでしょう。

ストレスや心理的要因

成長過程とは別に、子どものストレスが原因で歯ぎしりが起こることもあります。

特に夜間だけに歯ぎしりが見られる場合は、ストレスが関与している可能性が高いと言われています。

子どもが感じるストレスの原因としては、以下のようなものが考えられます。

  • 保育園・幼稚園や学校での出来事
  • 友達関係の悩み
  • 習い事のプレッシャー
  • 家庭環境の変化(引っ越し、両親の不仲など)

また、睡眠の質が低下することでも歯ぎしりが誘発されることがあります。

寝る直前までテレビやタブレットの画面を見ていると、ブルーライトの影響で質の良い睡眠が妨げられ、歯ぎしりの原因となる可能性もあります。

噛み合わせ(咬合)の問題

歯並びや噛み合わせに問題がある場合も、歯ぎしりの原因となることがあります。

例えば、以下のような不正咬合がある子どもは、歯ぎしりが起こりやすいと言われています。

  • 出っ歯(上顎前突)
  • 受け口(反対咬合)
  • すきっ歯(空隙歯列)
  • 歯のデコボコ(叢生)

これらの不正咬合があると、上下の歯がうまく噛み合わず、無意識のうちに「正しい噛み合わせ」を探そうとして歯ぎしりが起こると考えられています。

また、最近の食生活の変化も関係しています。

やわらかい食べ物が増え、しっかり噛む機会が減ったことで、顎の筋肉や骨格の発達が不十分になり、それが歯ぎしりにつながっている可能性もあります。

その他の医学的背景(睡眠障害との関連など)

子どもの歯ぎしりと睡眠障害の関連も指摘されています。

特に「睡眠時無呼吸症候群」がある子どもは、歯ぎしりを伴うことが多いという研究結果があります。

睡眠中に呼吸が一時的に止まると、脳が刺激され、顎の筋肉が活性化することで歯ぎしりが引き起こされると考えられています。

また、大阪大学の研究によれば、歯ぎしりをする子どもは、睡眠周期の変化に関連して歯ぎしりが発生する傾向があることがわかっています。

特に「レム睡眠に向けてノンレム睡眠が浅くなる間」に歯ぎしりが集中して発生するという興味深い結果が報告されています。

歯ぎしりを放置してもいいのか?

問題ないケースと自然に収まるケース

子どもの歯ぎしりは、多くの場合は自然に収まるため、必ずしも治療が必要なわけではありません。

特に以下のようなケースでは、基本的に経過観察で問題ないと考えられています。

  • 乳歯から永久歯への生え変わり時期(3〜12歳頃)の一時的な歯ぎしり
  • 歯や顎に痛みなどの症状がない場合
  • 日常生活に支障をきたさない程度の歯ぎしり

また、健康な生活習慣を整えることで、自然と歯ぎしりが減少・消失することも多いです。

十分な睡眠時間の確保、ストレスの少ない環境づくり、噛みごたえのある食事の提供などを心がけることで、歯ぎしりの改善につながる可能性があります。

注意が必要なサイン

一方で、以下のようなサインが見られる場合は、歯科医院への相談を検討したほうがよいでしょう。

歯のすり減り

歯ぎしりによって、歯がすり減ってしまうことがあります。

特に前歯の先端が平らになっていたり、歯の表面のエナメル質が薄くなっていたりする場合は注意が必要です。

乳歯の段階では、永久歯に生え変わるため大きな問題にはなりにくいですが、永久歯が生えてからも強い歯ぎしりが続く場合は、歯の寿命に影響する可能性があります。

永久歯でエナメル質が削れると、象牙質が露出して知覚過敏(冷たいものがしみる)の原因にもなります。

顎の痛みや違和感

「朝起きたときに顎が痛い」「口を大きく開けにくい」などの症状がある場合は、顎関節症の可能性があります。

顎関節症は、顎の関節(顎関節)やその周囲の筋肉に痛みや機能障害が生じる状態です。

子どもの顎関節症は成人に比べて少ないですが、長期間にわたる強い歯ぎしりが原因で発症することがあります。

顎関節症の初期症状としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 口を開閉するときの「カクカク」という音
  • 顎を動かすときの痛み
  • 口を大きく開けられない
  • 顎の筋肉の疲労感や緊張感

これらの症状が見られる場合は、早めに小児歯科や顎関節症を専門とする歯科医院への受診をおすすめします。

睡眠障害の兆候

歯ぎしりと睡眠障害は相互に関連していることがあります。

お子さんに以下のような睡眠障害の兆候が見られる場合は、注意が必要です。

  • いびきが大きい、または呼吸が一時的に止まる
  • 寝ている間に何度も目を覚ます
  • 朝、なかなか起きられない、または日中の眠気が強い
  • 夜中に頻繁に体を動かす

これらの症状が歯ぎしりと一緒に見られる場合は、睡眠時無呼吸症候群などの可能性も考えられます。

小児科医や小児歯科医に相談し、必要に応じて睡眠専門医への紹介を受けることも検討しましょう。

正しい対処法とケア

観察と記録:歯ぎしりの頻度・タイミングを把握する

まずは、お子さんの歯ぎしりの状況を客観的に把握することが大切です。

以下のポイントを観察し、可能であればノートやスマートフォンのメモ機能などに記録しておきましょう。

  • いつ頃から歯ぎしりが始まったか
  • どのくらいの頻度で起こるか(毎晩か、週に数回か)
  • 夜のどの時間帯に多いか
  • 歯ぎしりの音の大きさや継続時間
  • 日中の歯ぎしりや食いしばりはあるか
  • ストレスになりそうな出来事があったか

このような記録は、歯科医院を受診する際にも役立ちます。

また、お子さんの歯並びや噛み合わせの変化、永久歯の生え具合なども定期的にチェックしておくとよいでしょう。

小児歯科受診のすすめ

お子さんの歯ぎしりが気になる場合は、まずは小児歯科を受診することをおすすめします。

特に以下のようなケースでは、専門家に相談するべきでしょう。

  • 永久歯が生え揃った後(12歳以降)も歯ぎしりが続く
  • 歯のすり減りが目立つ
  • 顎の痛みや開口障害がある
  • 睡眠障害の兆候がある

小児歯科では、お子さんの口腔内や顎の状態を詳しく診査し、適切な対応方法をアドバイスしてもらえます。

必要に応じて噛み合わせの調整や、マウスピースの作製などの治療を提案されることもあります。

また、小児矯正専門医がいる歯科医院であれば、不正咬合が原因の歯ぎしりに対して、矯正治療を提案されることもあるでしょう。

必要に応じた治療(マウスピース治療など)

歯科医院での診査の結果、治療が必要と判断された場合は、お子さんの状態に応じた治療が行われます。

代表的な治療法としては、マウスピース(ナイトガード)があります。

マウスピースは、夜間に装着することで歯のすり減りを防ぎ、顎への負担を軽減する効果があります。

特に、永久歯への生え変わりが完了した後も強い歯ぎしりが続く場合に検討されることが多いです。

子ども用のマウスピースは、成長に合わせて調整や作り直しが必要になるため、定期的な歯科受診が重要になります。

また、不正咬合が原因の場合は、小児矯正治療が提案されることもあります。

顎の成長をコントロールすることで、将来的な歯並びの改善と同時に、歯ぎしりの軽減も期待できます。

家庭でできるサポート

ストレスケア

子どものストレスを軽減することは、歯ぎしりの改善につながる可能性があります。

以下のようなアプローチを試してみましょう。

  • お子さんの話をしっかり聞く時間を作る
  • 一緒に遊ぶ、スキンシップを増やす
  • 適度な運動や外遊びの機会を確保する
  • 就寝前のリラックスタイムを設ける(読み聞かせなど)
  • 生活リズムを整え、十分な睡眠時間を確保する

特に就寝前の1〜2時間は、ゲームやテレビ、タブレットなどの刺激を避け、心身をリラックスさせる時間にすることをおすすめします。

生活習慣の見直し(睡眠環境の整備)

良質な睡眠は歯ぎしりの予防・改善に役立ちます。

以下のポイントを意識して、お子さんの睡眠環境を整えましょう。

  • 規則正しい就寝・起床時間を設ける
  • 寝室は適度な温度と湿度に保つ
  • 寝具は体に合ったものを選ぶ
  • 枕は高すぎないものを使用する(顎への負担を軽減)
  • 就寝前のカフェインやスクリーンタイムを控える

また、食生活の見直しも大切です。

特に以下のような点に注意しましょう。

  • よく噛める硬めの食材(野菜、肉、根菜類など)を取り入れる
  • 一口あたりの咀嚼回数を増やす
  • 食事中はテレビを消し、落ち着いた環境で食べる
  • 就寝直前の飲食を避ける

これらの生活習慣の改善は、歯ぎしりの軽減だけでなく、お子さんの全身の健康にも良い影響をもたらします。

よくあるQ&A

「永久歯に悪影響はないの?」

永久歯への影響は、歯ぎしりの強さと継続期間によって異なります。

短期間の軽度な歯ぎしりであれば、永久歯への悪影響はほとんどありません。

しかし、強い力で長期間続く歯ぎしりの場合は、以下のような影響が考えられます。

  • 歯のすり減り(咬耗)
  • エナメル質の亀裂
  • 知覚過敏
  • 歯の移動による噛み合わせの変化

特に中学生以降も強い歯ぎしりが続く場合は、永久歯を守るためにマウスピースなどの対策を検討することをおすすめします。

「何歳くらいまで様子を見ていい?」

一般的には、永久歯が生え揃う12歳頃までは様子を見ても問題ないことが多いです。

多くの子どもの歯ぎしりは、この時期までに自然に収まる傾向があります。

しかし、以下のような場合は年齢に関わらず早めに歯科医院に相談することをおすすめします。

  • 歯が著しくすり減っている
  • 顎の痛みや開口障害がある
  • 睡眠障害の兆候がある
  • お子さん自身が不快感を訴えている

最終的には個々のお子さんの状態によって判断が必要ですので、気になる場合は小児歯科医に相談するのが最も確実です。

「市販のマウスピースを使ってもいい?」

市販のマウスピースは、歯科医院で作製するオーダーメイドのものと比べていくつかの問題点があります。

  • お子さん一人ひとりの歯の形や噛み合わせに合っていない
  • 装着感が悪く、睡眠中に外れやすい
  • 素材の安全性や耐久性が十分でない場合がある
  • 成長に合わせた調整ができない

特に成長期のお子さんの場合、不適切なマウスピースの使用は歯や顎の発育に悪影響を与える可能性もあります。

歯ぎしりが気になる場合は、まずは小児歯科を受診し、専門家の診断と指導を受けることをおすすめします。

必要に応じて、お子さんの歯型に合わせた専用のマウスピースを作製してもらうのが最も安全で効果的です。

まとめ

子どもの歯ぎしりは、多くの場合、成長過程における正常な生理現象です。

乳歯から永久歯への生え変わりや顎の発達に伴い、自然に起こることが多く、多くは自然に収まっていきます。

しかし、永久歯に生え変わった後も強い歯ぎしりが続いたり、顎の痛みなどの症状が現れたりする場合は、適切な対応が必要です。

歯ぎしりを放置してよいケースと受診すべきケースの見極めが大切ですが、判断に迷う場合は、専門家に相談することをおすすめします。

また、日常生活でのストレス軽減や睡眠環境の整備、バランスの良い食生活など、家庭でできるサポートも歯ぎしり改善の助けになります。

私たち歯科医療者の立場から言えることは、お子さんの歯ぎしりに対して過度に心配する必要はありませんが、気になる症状があれば、早めに小児歯科を受診していただければと思います。

お子さんの健やかな口腔の発達のために、保護者の皆さんの適切な理解とサポートが大きな力になります。